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《キーワード》

メタバース 著作権 クリエイターエコノミー 3Dスキャン LiDAR 点群データ フォトグラメトリ 権利制限規定 著作権法46条(公開の美術の著作物等の利用)

3Dスキャンとは

スマートフォンのカメラやアプリを使い、誰でも事物を3Dスキャンし、立体的なデジタルデータとして保存することができるようになりました。こうしたデジタルデータは、例えば点群データや、フォトグラメトリの方法による3Dデータとして作成されます。

点群データとは、レーザスキャナ又はカメラを用いて作成される、点及びその集合で構成される三次元地図情報をいいます。「SLAM (Simultaneous Localization And Mapping)」(同時に自己位置推定と地図構築を行うこと)と呼ばれる技術を用いて作成されることが多いようです。センサとしてレーザスキャナを用いる方法 (LiDAR SLAM) や、カメラを用いる方法 (Visual SLAM) などがあります。

フォトグラメトリとは、写真等の二次元データを複数組み合わせて、三次元のCGモデルを作ることをいいます(Aurelix「フォトグラメトリの教科書I 入門編」7頁(技術書典112021年)参照)。レーザスキャンでは再現しにくい二次元的な環境も含めて高精細に再現しやすいのが特徴です。

写真とは違った立体的な形でその時の思い出を記録に残したり、文化財をデジタルアーカイブ化して後世に残したり、都市や建築現場などのデジタルツインを作成して人々の生活や業務のシミュレーションを通じた効率化を図ったり・・・とさまざまに有効な活用が可能である一方で、模型などの展示物を無断で3Dスキャンする「デジタル万引き」が問題視されるなど、法律やモラルに関する課題も生じています。

ワンフェスで「展示物の3Dスキャン」が禁止に 懸念される「デジタル万引き」対策を運営に聞いた(ねとらぼ、2022721日公開)

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2207/21/news156.html

メタバースとの関係

3Dのインターネット」、「インターネット上の三次元バーチャル空間」などと一般にいわれる「メタバース」では、ユーザがバーチャルオブジェクトをアップロードして販売し、収入を得ることができる機能を実装しているものがあります。メタバースは全てがデジタルコンテンツで構築される世界であり、その全てが取引の対象になり得ます。ゆえにデジタルコンテンツのクリエイターにとって非常に有望な市場であり、「クリエイターエコノミー」を実現する場として有力視されているのです。

ここで疑問です。

他人の作品を無断で3Dスキャンして作成したデジタルデータ(以下「3Dスキャンデータ」といいます。)をメタバースで販売した場合、何か責任を問われないのでしょうか?

3Dスキャンは、現実環境に存在する物を簡単にメタバースに持ち込む手段となり、メタバースでの人々の生活に豊かさをもたらす可能性があります。しかしその一方で、著作権者等の利益を守ることも重要です。

そこで、この記事では、3Dスキャン対象の事物が著作物であり、かつ、その3Dスキャンデータがその著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる程度に精彩かつ忠実に再現したケースを前提に、3Dスキャンデータをメタバースで販売することが著作権侵害になるのかを検討します。

他人の著作物を3Dスキャンしたデジタルデータをメタバース上で販売することは著作権侵害になるか

原則論

これは、原則として著作権侵害となると考えられます。より具体的には、著作権のうち、公衆送信権を侵害する行為であると判断される可能性があります。

著作権法231項によれば、著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあっては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有します。

「公衆送信」とは、不特定又は多数の人(公衆)によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信を行うことをいいます。例えば、コンテンツをアップロードすることは「送信可能化」に、そのコンテンツをユーザがクリックするなどのリクエストに応じて自動的に送信することは「自動公衆送信」に当たります。

※ 詳しい定義は、著作権法217号の29号の4及び9号の5をご参照下さい。

 他人の著作物を再現した3Dスキャンデータをメタバースにアップロードすることは「送信可能化」に、3Dスキャンデータを閲覧又は購入したユーザにそのデータを送信することは「自動公衆送信」に、それぞれ該当する可能性があると考えられます。

著作権法46条の適用

問題点の整理

他人の著作物を許諾なく公衆送信する場合であっても、著作権法30条から47条の7までの各規定(権利制限規定と呼ばれます。)のどれかに定められた要件を全て満たした場合は、著作権侵害にはなりません。 

ここでは、著作権法46条について検討してみたいと思います。

次の図表は、同条の考え方をまとめたものです。

 

 

このように、3Dスキャンの対象が一定の美術の著作物か建築の著作物である場合は、上記図表の右側にある1号から4号までのどれにも当たらない方法であれば、その3Dスキャンデータを自由に利用できます。

3Dスキャンデータをメタバース上で販売すること、すなわちダウンロード方式で提供するか、ストリーミング方式で一定期間に限り利用させることは、1号から3号までには該当しないと考えられます。1号と2号は、彫刻又は建築物を有形的に増製等することを対象にしており、デジタルデータを送信し端末上に表示させることは含まないと考えられるからです。また、メタバースは3号における「屋外の場所」にも該当しないと考えるのが自然でしょう。

3Dスキャンデータの販売は「複製物の販売」か?

そうすると、該当する可能性がありそうなのは著作権法464号です。

すなわち、原作品が屋外恒常設置された美術の著作物又は建築の著作物であっても、「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合」は、著作権侵害が成立します。

他人の美術の著作物を無断で3Dスキャンしたデータをメタバース上で有料提供している場合、その「複製物」の「販売」を目的として、スキャンや提供をしているように思われるかもしれません。しかし、「複製」とは「有形的に再製すること」をいうとされています(著作権法2115号)。このため、「複製物」も「有形的に」再製されたものでなければならず、無形的な3Dスキャンデータそのものを販売することは、ダウンロード方式にせよストリーミング方式にせよ、「複製物」の販売(著作権法464号)に該当しないと解釈する余地があります。

この解釈によれば、他人の美術の著作物(その原作品が屋外の場所に恒常的に設置されたものに限ります。)を3Dスキャンしてそのデータをメタバース上で販売する行為は、著作権侵害にはならないという結論になります。

これには反対説もありますし、現状では裁判例もありませんので、確定した解釈ではないことにご注意下さい。

その結論でよいのか?

なぜ著作権法46条は、原作品が屋外恒常設置された美術の著作物につき、幅広い利用を許しているのでしょうか。

少々複雑ですが、美術の著作物の著作権者は、それを原作品により公に展示する権利を専有しています(著作権法25条)。しかし、所有者との利益調整を図るため、その原作品の所有者等は、著作権者の許諾を得なくとも、その著作物をその原作品により公に展示することができることになっています(著作権法451項)。しかしこれにも例外があって、いかに所有者といえども、その原作品を屋外の場所に恒常的に設置するには著作権者の許諾が必要とされています(著作権法452項)。

つまり、原作品が屋外恒常設置されている場合、それには著作権者の意思がすでに反映されているはずであるという構造になっているわけです。そして、屋外の場所に設置されている美術の著作物は、一般公衆が日常的な活動をする中で写真や動画の撮影の対象となったりします。これに逐一著作権者の許諾が必要になるとすると大変ですから、幅広い自由利用が認められて然るべきであるという価値判断があります。

では、464号が、それでもなお著作権侵害が認められる利用方法を規定しているのはなぜか。

それは、専ら販売目的で複製し、その複製物を販売する行為は、著作権者に対する不利益が大きすぎるため、その許諾を得て行うのが適当だからであると考えられます。著作権者も、屋外恒常設置を認める際に、複製して販売することまで許容していたとは考えにくいということです。

数年、数十年のうちに、人々の生活の多くがメタバースに移るとの予想もあります。もしそうなったとき、現行著作権法46条は、著作権者とその自由利用を享受する一般公衆の利害を適切に調整することができるでしょうか。

ひょっとすると、メタバースにおける経済圏が拡大するにつれ、有形的な複製物として販売するのと同じくらい、場合によってはそれ以上に、無形的なデジタルデータとして販売する市場が大きく育っていくかもしれません。

そのとき、著作権法464号は、有形的なものに限らず、無形的なデジタルデータとして複製されたものを販売する行為についても、著作権者の許諾を必要とした方が、文化の発展という著作権法の目的を達する上で優れているかもしれません。

彫刻や建築物を3Dスキャンし、そのデータを販売することはどうか(著作権法461号・2号に対応)、誰でも自由にアクセスすることができるメタバースに恒常的に設置することはどうか(著作権法463号に対応)など、考えるべき問題は様々です。

メタバースが人々の文化的な創作・利用活動において果たす役割に応じ、適切な権利処理のルールを考えていく必要が出てくるかもしれませんね。

注意点

この記事では、3Dスキャン対象が「著作物」(著作権法211号)であることを前提に、著作権法46条を中心に検討しました。同条は一定の要件を満たす美術の著作物と建築の著作物にのみ適用される権利制限規定であるため、それ以外の種類の著作物を3Dスキャンして販売することは、同条によっては許容されません。

また、著作権法46条以外にも検討すべき権利制限規定はありますし、そもそも3Dスキャンデータが他人の著作物を「複製」又は「翻案」したものであるかどうかについても、事案に応じた検討が必要です。加えて、事案によっては、著作権以外の権利等についても検討する必要があります。

この記事にある事項だけで、個別具体的な事案において適切な結論が出せるわけではないことにご注意下さい。

この記事の著者について
日本国弁護士・ニューヨーク州弁護士
日本バーチャルリアリティ学会認定上級VR技術者

関 真也 Masaya Seki

エンタテインメント分野、ファッション分野、先端テクノロジー分野の知財法務に力を入れている弁護士です。漫画・アニメ・映画・ゲーム・音楽・キャラクターなどのコンテンツビジネス、タレント・YouTuber・インフルエンサーなどの芸能関係やアパレル企業・デザイナー・流通・モデルなどのファッション関係に加え、最近はXR(VR/AR/MR)、メタバース、VTuber、人工知能(AI)、NFT、eSports、デジタルファッションなどに力を入れ、各種法律業務に対応しておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。経済産業省「Web3.0 時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会」委員、経済産業省・ファッション未来研究会「ファッションローWG」委員など官公庁の役職を務めルールメイキングに関わるほか、XRコンソーシアム監事、日本商標協会理事、日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会幹事、ファッションビジネス学会ファッションロー研究部会⻑などを務めており、これらの活動を通じ、これら業界の法制度や倫理的課題の解決に向けた研究・教育・政策提言も行っており、これら専門性の高い分野における法整備や業界動向などの最新情報に基づいた法的アドバイスを提供できることが強みです。

主な著書 「ビジネスのためのメタバース入門〜メタバース・リアル・オンラインの選択と法実務」(共編著、商事法務、2023年)、「XR・メタバースの知財法務」(中央経済社、2022年)、「ファッションロー」(勁草書房、2017年)など

使用言語 日本語・英語