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アイドル 芸能活動 専属契約 労働基準法 労働者性 違約金

本判決:大阪地判令和5年4月21日判タ1514号176頁


【事案の概要】

原告は、アーティスト、タレントの育成、マネジメント、イベントの企画、運営等を業とする株式会社である。

被告は、芸能活動を行う個人であり、原告が専属的にマネジメント及びプロデュースする男性アイドルグループ「G」のメンバーであった者である。

原告と被告は、以下の条項(以下「本件違約金条項」)を含む専属マネジメント契約(以下「本件契約」)を締結していた。

被告が2条1項、4項、10条⑫号、18条1項、2項のいずれかに違反した場合、被告は原告に対し、本条2項の損害賠償とは別に、違約金として、1回の違反につき、200万円を支払わなければならない。

原告は、被告がコンサート、リハーサル及びイベントに5回無断欠席したと主張し、これが本件契約の違反にあたるとして、本件違約金条項に基づき合計1000万円の支払いを求めた。

これに対し、被告は、本件契約は労働契約であり、被告には労働者性が認められるから、本件違約金条項は労働基準法16条に違反して無効であると反論し、原告の請求を争った。

(賠償予定の禁止)
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。


【争点】

本件契約は労働基準法上の「労働契約」であるか否か(被告の労働者性)。

※ 「労働契約」であるとすれば、労働基準法16条は労働契約の不履行について違約金を定めることを禁止しているため、本件違約金条項は無効となり、原告の違約金請求は認められないことになる。


【裁判所の判断】

裁判所は、以下のとおり、①指揮監督下の労働か否か、②報酬の労務対償性、③その他の観点から被告の労働者性を検討し、これを肯定した上で、本件違約金条項は労働基準法16条に違反して無効であると結論付けた。

指揮監督下の労働か否か

ア 仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由

前記前提事実のとおり、本件契約上は、Gの芸能活動の選択及び出演依頼等に対する諾否は、被告原告が協議のうえ、決定するものとするとされていた(本件契約2条3項)。

しかしながら、前記認定事実によれば、Gの知名度を上げる活動は基本的に全部受けることとされており、メンバーは、Gの活動としてライブ、レコーディング、リハーサル等の日程については、可能な限り調整して仕事を受けることを要望されていた。

また、前記前提事実のとおり、被告は、タレントとしての資質向上等のため、適宜、原告の推奨するレッスンを受けなければならないともされていた(本件契約6条)。そして、前記認定事実のとおり、Bは、原告代表者から依頼を受けて、Aの芸能活動に深く関与していたところ、BからAへの具体的な指示も多数あった。

また、前記前提事実のとおり、被告には、本件契約期間中、原告に専属的に所属するタレントとして、原告の指示に従い芸能活動を誠実に遂行するものとする義務が課せられていたところ(本件契約2条1項)、これに違反すると200万円の違約金を支払わなければならないとされていたから(本件契約14条1項)、上記義務は、単なる努力義務ではなかった。

そうすると、被告は、R(※注:建設会社の代表取締役であり、原告の役員でも従業員でもないものの、Gの活動に関与しており、Gのメンバーからは「R社長」と呼ばれていた者)の指示どおりに業務を遂行しなければ、1回につき違約金200万円を支払わされるという意識のもとで、タイムツリーに記入された仕事を遂行していたものであるから、これについて諾否の自由があったとは認められない。

イ 業務遂行上の指揮監督の有無

前記認定事実によれば、原告は、Rに委任して、Gの芸能活動がうまくいくように、Rが仕事を取ってきて、Gのメンバーに対して、主にS(※注:原告代表者の息子であり、原告との間で専属マネジメント契約を締結し、「S’」という芸名でGのメンバーとして芸能活動をしていた者)を通じて、仕事のスケジューリングを決めて、ある程度、時間的にも場所的にも拘束した上、Sを通じて又は直接、その活動内容について具体的な指示を与えており、前記のとおり、その指示に従わなければ、違約金を支払わされるという状況にあったから、原告の被告に対する指揮監督があったものと認められる。

ウ 拘束性の有無

前記認定のとおり、主にRが仕事を取ってきて、それをSに伝えて、基本的にSが受ける仕事を決めてタイムツリーに記入して仕事のスケジュールが決まり、また、Gの知名度を上げる仕事であれば、基本的に仕事を断らないという方針であったため、仕事と私用が重なる場合には、できる限り仕事を優先するということがメンバー間で了解事項となっていたことからすると、Rが取ってきた仕事を中心に、それに合わせてスケジューリングを組んでおり、そのとおりの行動を要請されていたものであるから、その限度において、原告による被告の時間的場所的拘束性もあったと認められる。

エ 代替性の有無

また、被告は、アイドルグループのメンバーとして芸能活動をしていたものであるから、労務提供に代替性はない。

オ まとめ

以上のとおり、被告は、原告の指揮監督の下、ある程度の時間的場所的拘束を受けつつ業務内容について諾否の自由のないまま、定められた業務を提供していたものであるから、原告の指揮監督下の労務の提供であったと認められる。

報酬の労務対償性

前記認定のとおり、被告は、原告から、平成31年1月及び同年2月は月額6万円、同年3月から令和元年6月までは月額12万円、令和元年7月から令和2年2月までは月額13万円、同年3月から同年6月までは月額16万円の報酬が支払われている。このように、被告は、原告から報酬を月額で定額支払われており、G加入当初低かった月額が、在籍期間が長くなるにつれて漸次増額されているものである。

そうすると、前記のとおり、週に1日程度の休日を与えるほかは、あらかじめスケジューリングをして、時間的にも場所的にもある程度拘束しながら、労務を提供させていたものであるから、その労務の対償として固定給を支払っていたものと認めるのが相当である。

その他

その他、本件契約上では、諸経費が被告の負担とされている(本件契約4条1項参照)ものの、前記認定のとおり、実際には、本件契約4条1項による報酬から諸経費を控除すると赤字になることから、実質的な負担は原告がしていたこと、交通費等は、本件契約上も原告の負担であったこと(本件契約7条1項)、被告の芸能活動により生じた諸権利が原告に帰属すること(本件契約3条)、本件契約上では、副業、アルバイト等は原告に事前に届け出ることにより就業することができる(本件契約11条)とされているものの、前記認定のとおり、実際には、アルバイト等をすることはスケジュール的に困難であったこと、前記のとおり被告には固定給が支払われており、生活保障的な要素が強かったことなども使用従属性を肯定する補強要素となる。

まとめ

以上によれば、被告は、原告の指揮監督の下、時間的場所的拘束を受けつつ業務内容について諾否の自由のないまま、定められた業務を提供しており、その労務に対する対償として給与の支払を受けており、被告の事業者性も弱く、被告の原告への専従性の程度も強いものと認められるから、被告の原告への使用従属性が肯定され、被告の労働者性が認められる。

したがって、本件違約金条項は、労働基準法16条に違反して無効である。


【ちょっとしたコメント】

従来、労働者性の判断基準は次のように整理されています。

1. 「使用従属性」に関する判断基準
(1) 「指揮監督下の労働」であること
・仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
・業務遂行上の指揮監督の有無
・拘束性の有無
・代替性の有無(指揮監督関係を補強する要素)
(2)「報酬の労務対償性」があること
2. 「労働者性」の判断を補強する要素
(1) 事業者性の有無
(2) 専属性の程度
(3) その他

本判決は、これに沿って1つ1つ検討し、アイドルの労働者性を肯定した事例であり、芸能活動についてどのような指揮監督や拘束を及ぼしている場合に、そのアイドルが「労働者」と判断されるかを検討する上で実務上参考になります。

たとえば、契約書上は出演依頼等を受けるか否かを協議の上で決定することとされていても、実際上、依頼は断らないことが求められ、依頼を受けるよう調整することがメンバーその他関係者の間で了解事項となっている実態があるなど、アイドル側が仕事を断る自由をもたない場合には、労働者性を肯定する方向に斟酌される可能性があると考えられます。

また、本件のように、仕事をしなかった場合に違約金が課せられる条項があるケースでは指揮監督性、拘束性が強まる可能性があるため、契約書の規定の仕方や、契約違反と疑われる個々のケースに対する違約金請求その他の対応の是非については、特に慎重な判断が必要になると考えられます。

2025(令和7)年5月、いわゆるプラットフォームワーカーを含む新たな働き方に対応するため、厚生労働省において「労働基準法における『労働者』に関する研究会」が立ち上がり、労働者性判断の予見可能性を高めるための方策などについて検討が開始されました。

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この記事の著者について
日本国弁護士・ニューヨーク州弁護士
日本バーチャルリアリティ学会認定上級VR技術者

関 真也 Masaya Seki

エンタテインメント分野、ファッション分野、先端テクノロジー分野の知財法務に力を入れている弁護士です。漫画・アニメ・映画・ゲーム・音楽・キャラクターなどのコンテンツビジネス、タレント・YouTuber・インフルエンサーなどの芸能関係やアパレル企業・デザイナー・流通・モデルなどのファッション関係に加え、最近はXR(VR/AR/MR)、メタバース、VTuber、人工知能(AI)、NFT、eSports、デジタルファッションなどに力を入れ、各種法律業務に対応しておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。経済産業省「Web3.0 時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会」委員、経済産業省・ファッション未来研究会「ファッションローWG」委員など官公庁の役職を務めルールメイキングに関わるほか、XRコンソーシアム監事、日本商標協会理事、日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会幹事、ファッションビジネス学会ファッションロー研究部会⻑などを務めており、これらの活動を通じ、これら業界の法制度や倫理的課題の解決に向けた研究・教育・政策提言も行っており、これら専門性の高い分野における法整備や業界動向などの最新情報に基づいた法的アドバイスを提供できることが強みです。

主な著書 「ビジネスのためのメタバース入門〜メタバース・リアル・オンラインの選択と法実務」(共編著、商事法務、2023年)、「XR・メタバースの知財法務」(中央経済社、2022年)、「ファッションロー」(勁草書房、2017年)など

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