この記事では、『ファッションロー〔第2版〕』の著者の一人であり、ファッションローに関する実務、研究、教育等に取り組んでいる関真也弁護士が、ファッション業界と模倣品の問題に触れた上で、その対応策として有用なツールの一つである不正競争防止法2条1項3号(商品形態模倣)の概要と実務上取り組むべき対策を解説しています。
ファッション業界と模倣問題
トレンドと「模倣」の距離感
ファッション業界にはトレンドがあり、一定のデザインに人気が集まる傾向があります。さらに近年、衣服等の生産における小ロット・短納期対応等が進んだことにより、アパレル企業は同時にさまざまなデザインの商品を少数ずつ生産し、消費者の反応を見ながら追加生産するなど、トレンドの変化に応じて素早く柔軟に対応し、商品ラインナップを変え続けることが可能となり、これが重要な経営戦略を担うこととなりました。
その反面、アパレル企業は、常に「模倣」との距離感に悩まされることになります。アパレル各社が、トレンドの変化を見逃さず、その時々で人気の商品ラインナップを豊富に取り揃えるには、他社商品のデザインとこれに対する市場の反応を観察し続け、ヒット商品のデザインを分析して自社商品にそれを取り入れることが合理的な経営戦略であるという側面があるからです。
知的財産法体系上の問題
デザインの保護に活用することができる知的財産法には、意匠法、商標法、著作権法などがあります。しかし、ファッションデザインの保護に関しては、それぞれに課題があるといわれています(もちろん、それぞれに優れた面がありますが、テーマとの関係で今回は割愛し、別の機会にご紹介します)。
意匠法:意匠法は、衣服を含む工業製品のデザインを保護対象とするものですが、意匠登録に一定の時間を要し、トレンドの変化に後れをとる場合があるなどの課題が指摘されています。
商標法・不競法2条1項1号・2号:商標法も、商品のデザインが商標登録を受けるまでには相当の時間を要し、同様の課題があります。加えて、周知・著名な商品等表示を保護する不正競争防止法2条1項1号・2号の活用も考えられますが、やはり商品のデザインが周知・著名な商品等表示となるためには相当の時間と費用を要する場合が多いとされています。
著作権法:著作権法は、文芸・学術・美術・音楽の範囲に属する創作的な表現を「著作物」として保護する法律です。しかし、Tシャツにプリントされるキャラクターイラストのようなものならまだしも、衣服を含む実用的な物品の形状等のデザインは、文芸・学術・美術・音楽の範囲に属するとはいえないなどの理由で、近時の裁判例において「著作物」に該当しないと判断される傾向にあります。
不競法2条1項3号(商品形態模倣)
による対応
条文の整理
ここで、商品形態模倣に関し、不正競争防止法の主な条文を挙げます。
《2条1項3号/不正競争としての商品形態模倣の定義》
他人の商品の形態(当該商品の機能を確保するために不可欠な形態を除く。)を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為
《2条4項/「商品の形態」の定義》
この法律において「商品の形態」とは、需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の外部及び内部の形状並びにその形状に結合した模様、色彩、光沢及び質感をいう。
《2条5項/「模倣」の定義》
この法律において「模倣する」とは、他人の商品の形態に依拠して、これと実質的に同一の形態の商品を作り出すことをいう。
《19条1項6号(適用除外:2条1項3号に該当する場合でも不正競争とならない場合)》
イ 日本国内において最初に販売された日から起算して三年を経過した商品について、その商品の形態を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為
ロ 他人の商品の形態を模倣した商品を譲り受けた者(その譲り受けた時にその商品が他人の商品の形態を模倣した商品であることを知らず、かつ、知らないことにつき重大な過失がない者に限る。)がその商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為
商品形態模倣行為をした場合、差止め・損害賠償等請求等の対象となる可能性があります。また、不正の利益を得る目的で商品形態模倣行為をした場合、刑事罰の対象にもなる可能性があります(21条3項3号)。
ファッション業界の模倣対応に活用される理由
不正競争防止法2条1項3号(商品形態模倣)は、知的財産法の中でもたとえば以下のような特色があり、トレンドの変化が速いファッション業界の模倣品対応において頻繁に活用されています。
登録不要:意匠権や商標権のように、特許庁などの公的機関に登録する必要がありません。商品として販売可能な状態となっていることが外形的に明らかとなれば、それだけで保護を受けることができます。したがって、登録等の手続を待つことなく、模倣品を発見次第すぐに法的措置を講じることができる点で、ファッション業界の模倣に対応する手段として優れています。
創作性不要:たとえば意匠法による保護を受けようとする場合、そのデザインは公に知り得る状態になく(新規性)、かつ、世の中に既に存在するデザインから簡単に作り出せるものでないこと(創作非容易性)が必要です。しかし、不正競争防止法2条1項3号で保護を受けるためには、商品全体のデザインとしてありふれたものでなければよく、高い創作性は必要とされません。アパレルは、従来の商品に対して少しずつバリエーションを加えながら次シーズンの商品を作り出していくことも多く、全く新しいデザインの商品は稀だと思われますが、その意味でも、高い創作性を必要としない不正競争防止法2条1項3号はファッションデザインの保護に向いているといえます。
活用上の注意点
このように、ファッション業界の実情に応じた模倣品対策に活用しやすい側面がある一方で、以下のような注意点もあります。
同一のデザインに限定:「模倣」と認められるのは、他社商品と自社商品が全体として実質的に同一の形態と認められる場合のみです。類似では足りませんし、一部だけが同一でも「模倣」にはならないのが原則です。もっとも、裁判実務上は、完全に同一のデザインでなければ「模倣」にならないと考えられているわけではなく、事案に応じて妥当な解決が図られることもあるように見受けられます。
依拠性が必要:「模倣」と認められるためには、実質的同一性に加えて、他社商品の形態が自社商品の形態に依拠して作り出されたことが必要です(依拠性)。他社が、自社商品の存在を知らずに、偶然に同一の形態の商品を作り出した場合、不正競争防止法2条1項3号違反として差止め・損害賠償等の対象にはなりません。もっとも、公表された商品と全体として実質的に同一の形態の商品であるとなれば、客観的にみて「依拠しただろう」と判断されることが多いのも現実です。ファッション業界に限ったことではありませんが、新商品の企画・開発等の過程でいかなる情報を参考にしたのかを記録し、後から模倣品であるとの疑いをかけられないように準備しておくことも大切です。
保護期間が短い:他社商品が自社商品に対するデザイン模倣(不競2条1項3号)に該当することを理由として差止め・損害賠償等を請求することができるのは、その自社商品が日本国内において最初に販売された日から起算して3年を経過するまでの間だけです。これを経過した後にその他社商品が販売等されたとしても、その差止めを請求することはできませんし、その経過後の期間に関しては損害賠償請求をすることができません(3年の期間内に販売等がされた分については、3年経過後も時効消滅するまで損害賠償請求をすることができる可能性はあります)。
善意無重過失の抗弁:ファッション業界では、A社が、完成品の衣服をB社から仕入れて販売するというケースも多々あります。B社がこの衣服をC社の商品の形態を模倣して作り出していた場合、A社は、この衣服を仕入れた時に、それがC社の商品の形態を模倣した商品であることを知らず、かつ、知らないことにつき重大な過失がなかった場合、A社がこの衣服を販売等する行為は、C社に対する不正競争になりません。
アパレル企業が取り組むべき対策
以上を踏まえ、主に模倣品対策をするケースを想定して、お勧めする取組みをいくつかご解説します。
開発・商品化の記録:不正競争防止法2条1項3号を理由に差止め・損害賠償請求等をすることができるのは、模倣された商品を自ら開発・商品化して市場に置いた者であるとされています。したがって、その商品の開発・商品化等を行ったのが自社であることを立証できるように、新商品のスケッチ、企画書、仕様書、縫製・加工指示書、試作品の写真などの記録を作成・保管しておくことが大切です。また、保護期間の範囲内であるかどうかを確認するため、自社商品と他社商品の双方につき、展示会やSNSその他の場面で最初に公開された日付けが分かる受注データ、投稿などの記録を用意し、時系列順に整理できるようにしておくとよいでしょう。
市場監視体制と証拠の確保:短い保護期間の中でも十分な対策を実現するためには、模倣品を早期に発見して、警告、仮処分、訴訟等の措置に移る必要があります。このため、競合他社の店舗、ECサイト、SNSなどをモニタリングし、写真撮影、販売ページやSNSの印刷・データ化(日付入り)その他の証拠収集を実施する体制があるとよいでしょう。最近では、一般消費者がSNS上で模倣が疑われる事案を投稿しているケースも多く、お客様自身の声であるという意味でも対応を検討する上で大いに参考になる場合があります。
社内教育:デザイナー、企画・開発・商品化担当者、営業担当者などの役職員に対し、不正競争防止法を含む知的財産法や模倣品対策の基礎的な知識と、模倣事案発生に備えて対処しておくべき事項を共有し、実行プロセスの構築・見直しを行うとよいでしょう。
まとめ
不正競争防止法2条1項3号は、ファッションデザインの保護のために有効かつ迅速に活用できるツールです。
しかし、実質的同一性の判断や依拠性の立証には、裁判例を踏まえた専門的な判断を要する場合があります。また、3年という保護期間の短さも考慮し、事案に応じた迅速な判断と実行が求められます。場合によっては、他の知的財産権を組み合わせた総合的な保護戦略の構築を検討することも有益です。
関真也法律事務所では、『ファッションロー〔第2版〕』の著者の一人であり、不正競争防止法2条1項3号による模倣品対策を含むファッション業界の知的財産問題に取り組んできた関真也弁護士を中心に、デザイン保護戦略の構築から模倣品対応、さらには契約書対応、下請法・フリーランス法対応、景品表示法対応、労働法対応その他多岐にわたる法律相談のほか、社内セミナー講師など幅広い業務をお受けしています。
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