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概要

書籍の著者らが、対話型生成AI『Claude』を提供するAnthropic社に対して提起していた裁判で、カリフォルニア州北部地区連邦地裁のWilliam Alsup判事は、2025年6月23日、LLMを訓練するための複製が米国著作権法上の「フェアユース」に該当し、著作権侵害は成立しないとの判断(サマリージャッジメント)を示しました。

本件ではいくつかの行為についてフェアユース該当性が争われていますが、この記事では、上記のとおりLLMを訓練するための書籍の複製がフェアユースに該当するか否かに関する判断に絞り、要点を解説します。


判決の要点

上記複製行為がフェアユースに該当するとの判断の理由において、裁判所は、次のように述べています。

著作物をLLMの訓練に用いて新たなテキストを生成するという目的と性質は、まさに変容的(transformative) なものであった。・・・Anthropic社のLLMは、著作物と競争したり、これを複製したり取って代わったりするためではなく、困難な課題を乗り越えて異なるものを創造するために、著作物を用いて訓練されたのである。この訓練プロセスが、LLM内での複製やその他の方法による複製を合理的に必要とした場合、それらの複製は変容的な利用に該当する。

この理由付けに際し、裁判所は、Claudeの基盤となるLLMが、多数の作品から抽出した文法・構成・スタイルを出力する一方で、特定の作品の創造的要素や特定の作家の識別可能な表現スタイルを再現したわけではなく、これは著作権法に違反するものではないことに言及しています。

また、裁判所は、法律検索サービスのヘッドノート(判例要約)をAI学習データとして利用する行為についてフェアユース該当性を否定した近時の裁判例(Thomson Reuters Enter. Centre GmbH v. Ross Intell. Inc., 765 F. Supp. 3d 382 (D. Del. 2025))から、次のような視点で本件の事案を区別した点でも注目されます。

すなわち、Thomson Reuters事件においては、「生成型AI(新しいコンテンツを自ら作成するAI)」ではなく、「与えられた法的テーマに対して裁判所の判例を検索する独自のシステムを使用する、同様の目的を持つ競合するAIツール」を開発するために学習行為が行われたという点です。このような学習行為は変容的(transformative)とはいえず、フェアユースに該当しないとされたのです。

これに対し、本件は、書籍等の著作物を利用して訓練されたLLMが、プロンプトを受け取って新たなテキストで応答するのであり、学習対象である書籍等の著作物と同様の目的において競合するものではないと評価されたものと思われます。

このように、本件では、「LLMの訓練が、著者の作品と同一のコピーや著作権侵害に当たる模倣品を公衆に提供した結果をもたらさなかった」ことから、裁判所は、『著作物の市場又は価値に対する影響』という要素においてもフェアユースの成立が支持されると述べています。

この要素に関し、原告である著者らは、LLMの訓練が彼らの作品と競合する作品の爆発的な増加を引き起こすと主張しました。しかし、裁判所は、「著者らの主張は、学校児童に良い文章を書くように訓練することが競合する作品の爆発的増加を引き起こすという主張と何ら変わりない。これは、著作権法が懸念する競争的又は創造的な置換ではない。著作権法は、創作的な著作物の促進を目的とするのであり、著者を競争から保護するものではない」と述べ、著者らの主張を退けました。

また、著者らは、Anthropic社の行為は、LLMの訓練という限定的な目的で著作物をライセンスする新興市場に代替すると主張しました。この点について裁判所は、著者らの主張が正しいと仮定し、そのような市場が発展する可能性はあるとしながらも、そのような用途のための市場は、著作権法が著者らに利用を認めるものではないと述べ、著者らの主張を採用しませんでした。


まとめ

本判決は、著作物をAI学習データとして複製する行為につき、フェアユースに該当しないとした前掲Thomson Reuters事件との事案の違い(学習される著作物と同じ目的をもって競合するためのAI開発か、目的が異なり競合のないアウトプットを生成するためのAI開発か)に触れ、結論としてフェアユースに該当すると判断した点において、生成AIの学習をめぐる著作権法上の問題を考える上で極めて重要な意義を持つものといえます。

もっとも、本判決は、仮にLLMの訓練によって著者の作品と同一のコピーや著作権侵害に当たる模倣品を公衆に提供する結果をもたらすような場合には、事案ごとに結論が異なることを示唆しており、注意を要します。

なお、裁判所は、Anthropic社がcentral libraryを構築するために取得した書籍の海賊版を恒久的に保持することについてはフェアユースに該当しないとしており、今後、損害等に関する審理が行われる予定です。

※この記事は、Yahoo!ニュース エキスパートに2025年6月25日付けで掲載した記事を一部更新し、転載したものです。


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この記事の著者について
日本国弁護士・ニューヨーク州弁護士
日本バーチャルリアリティ学会認定上級VR技術者

関 真也 Masaya Seki

エンタテインメント分野、ファッション分野、先端テクノロジー分野の知財法務に力を入れている弁護士です。漫画・アニメ・映画・ゲーム・音楽・キャラクターなどのコンテンツビジネス、タレント・YouTuber・インフルエンサーなどの芸能関係やアパレル企業・デザイナー・流通・モデルなどのファッション関係に加え、最近はXR(VR/AR/MR)、メタバース、VTuber、人工知能(AI)、NFT、eSports、デジタルファッションなどに力を入れ、各種法律業務に対応しておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。経済産業省「Web3.0 時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会」委員、経済産業省・ファッション未来研究会「ファッションローWG」委員など官公庁の役職を務めルールメイキングに関わるほか、XRコンソーシアム監事、日本商標協会理事、日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会幹事、ファッションビジネス学会ファッションロー研究部会⻑などを務めており、これらの活動を通じ、これら業界の法制度や倫理的課題の解決に向けた研究・教育・政策提言も行っており、これら専門性の高い分野における法整備や業界動向などの最新情報に基づいた法的アドバイスを提供できることが強みです。

主な著書 「ビジネスのためのメタバース入門〜メタバース・リアル・オンラインの選択と法実務」(共編著、商事法務、2023年)、「XR・メタバースの知財法務」(中央経済社、2022年)、「ファッションロー」(勁草書房、2017年)など

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