はじめに
この記事では、以下の点で注目される米国裁判例について、関真也弁護士が解説します。
- 生成AIモデルを提供する事業者について、著作権の寄与侵害及び代位侵害が成立する可能性を認めた点
- 著作権侵害の隠蔽になることを知りながら故意に著作権管理情報(Copyright Management Information; CMI)の削除等をしたことにつき、DMCA違反(米国著作権法第1202条(b)(1)又は(2))が成立する可能性を認めた点
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本決定:Concord Music Group, Inc. v. Anthropic PBC, 24-cv-03811-EKL (N. Cal. October 6, 2025).
キーワード:生成AI / 著作権 / 歌詞 / 寄与侵害 / 代位侵害 / 著作権管理情報(CMI) / DMCA / 米国裁判例 / Concord Music Group, Inc. v. Anthropic PBC / Motion to dismiss for failure to state a claim
事案の概要
原告ら(音楽出版社8社)は、原告らが著作権を有する歌詞を利用して被告Anthropic PBCが生成AIモデル(Claude)を訓練した結果、これらの歌詞がユーザーに対して無断で出力されたなどと主張して、以下の根拠に基づく訴えを提起した。
- 著作権の直接侵害
- 著作権の寄与侵害
- 著作権の代位侵害
- デジタルミレニアム著作権法(DMCA)に基づく著作権管理情報(CMI)の削除又は改変
Anthropicは、2024年8月15日、上記各請求のうち、寄与侵害、代位侵害及びCMIの削除に基づく請求につき、却下を求める申立てをした。裁判所は、2025年3月26日、原告らが訴状を修正することを認めるという条件付きで、Anthropicの申立てを認めた。その後、原告らが修正訴状を提出したのに対し、Anthropicは同修正訴状に基づく請求について却下を求める申立てをした。
《ひとくちメモ》 本件においてAnthropicがした却下申立ては、“motion to dismiss for failure to state a claim”と呼ばれるものです(連邦民事訴訟規則12条(b)(6))。 これは、原告に対する救済が認められるべき根拠となる事実が訴状に記載されていない場合に、原告の請求を却下するという仕組みです。原告が請求を基礎付けるために表面上もっともらしい事実を訴状で主張していれば、その主張が真実であるか否かにかかわらず、この申立ては退けられ、証拠に基づく事実認定を含む審理の段階へと進んでいきます。 したがって、この却下申立てが認められなかったとしても、原告の請求が最終的に認められたというわけではなく、それに続く審理の結果、原告の主張する事実が認定できないなどの理由で請求が棄却される可能性があることに注意が必要です。 |
裁判所の判断
裁判所は、寄与侵害、代位侵害及びCMIの削除に基づく請求それぞれにつき以下のとおり述べ、いずれの請求についてもAnthropicの却下申立てを退けました。
寄与侵害について
寄与侵害責任は、被告が「(1) 他者の侵害行為を認識し、かつ、 (2) (a) 当該侵害行為に実質的に寄与したか、又は (b) 当該侵害行為を誘引した」場合に適用される(略)。オンラインプラットフォームの文脈では、「コンピュータシステム運営者は、『自身のシステムを通じて特定の侵害素材が利用可能になっていることを現実の認識を有し』、かつ、著作物に対する『さらなる損害を防止する簡易な措置を講じることができる』にもかかわらず、侵害物へのアクセスの提供を継続する場合に、寄与侵害責任を問われる可能性がある」(略)。「直接侵害の存在は、寄与侵害に基づく請求の要件である」(略)。具体的には、Anthropicは、訴状には「Anthropicが、Claudeユーザーに提供された著作権を侵害する特定の歌詞又は著作権を侵害する歌詞をClaudeに出力させた第三者の存在を認識し、又は故意に知ろうとしなかったという、もっともらしい事実の主張が含まれていない」と主張している。」(略)。
[原告ら]は、Anthropicが「ガードレール」を実装及び開発した事実に基づき、同社が「Claudeユーザーが特定の歌詞を侵害した」ことについて「現実の又は擬制的な認識」を有していたと推認できると主張する(略)。第一に、[原告ら]は、Anthropicが訴訟前にガードレールを採用したのは、Claudeのアウトプットが[原告ら]の歌詞を生成する具体的な事例を確認したためであると主張する(略)。第二に、[原告ら]は、Anthropicがガードレールの開発・改良過程において、当該歌詞を含む「Claudeユーザーのプロンプト及びアウトプットのデータ」を収集したと主張する(略)。第三に、[原告ら]が主張するところによれば、これらの歌詞を含むClaudeユーザーのプロンプトによってガードレールが作動するたびに、「Anthropicはそれら特定のユーザープロンプトを認識した」という(略)。第四に、[原告ら]は、Claudeユーザーのインタラクションを調査する際、Anthropicは「ユーザーがこれらのガードレールを回避しようとする具体的な試み」と、「ガードレールが機能せずClaudeが…著作権を侵害するアウトプットを生成した」状況の両方を審査したと主張する(略) これらの主張によれば、AnthropicはClaudeユーザーによる[原告ら]の歌詞への具体的な侵害行為について実際の認識を有していた(略)。したがって、[原告ら]は、[寄与侵害に基づく請求]に関してもっともらしい主張を述べたといえる。
Anthropicは、これらの主張が「真実ではない」と主張している(略)。却下申立段階においては、裁判所は、決定的というわけではない[原告ら]の主張を真実として扱わなければならない。ただし、事実に関するAnthropicの主張は、後の段階で改めて審理される可能性がある(略)。前述のとおり、[原告らの]主張は、寄与侵害に基づく[原告ら]の請求に関して必要となる認識を推認するに足りるもっともらしい根拠を提示している。よって、当裁判所は、[寄与侵害に基づく請求]に関する却下申立てを却下する。
代位侵害について
「著作権の代位侵害に関する主張をしたといえるためには、原告は、被告が、 (1) 侵害行為を監督する権利及び能力並びに (2) 侵害行為に対する直接的な経済的利益を有していることを主張しなければならない(略)。言い換えれば、被告は、「直接侵害を停止又は制限する権利の行使を拒否しながらその直接侵害から利益を得ることにより、代位的に侵害している」ことになる(略)。「寄与責任と同様に、代位責任も、その基礎となる直接侵害行為を必要とする」(略)。
本件において、Anthropicが却下を求めるために唯一主張しているのは、[原告ら]が、AnthropicがClaudeユーザーの侵害行為について直接的な経済的利益を有する旨を主張していない点である。・・・Anthropicの見立てとは異なり、[原告ら]は著作権侵害に対する一般的な経済的利益以上のものを主張している(略)。むしろ、[原告ら]は、判例法が要求するとおりり、Anthropicが具体的に[原告ら]の著作物に対する侵害から直接利益を得ていると主張している(略)。
[原告ら]は、Anthropicが「エンドユーザーが[原告ら]の楽曲の歌詞をリクエストするたびに報酬を受け取り、さらに、Claude APIが当該歌詞を複製及び依拠したアウトプットを生成するたびに再度報酬を受け取っている」旨を主張している(略)。さらに、[原告ら]の歌詞の利用可能性が、顧客をClaudeの使用へと導く可能性は十分にある。というのも、[原告ら]が主張するように、Claudeは、「著作権により保護された[原告ら]の歌詞を含む膨大な基盤テキストコーパス」がなければ、現在ほどの人気と価値は得られなかったであろうと考えられるからである(略)実際、[原告ら]は、「無数のユーザーが・・・[原告ら]の歌詞をClaudeに要求してきた」と主張している(略)。これらの主張は、この段階では十分である。代位侵害に関する他の要件について争いがないことを考慮し、当裁判所は[代位侵害に基づく請求]に関するAnthropicの却下申立てを却下する。
CMIの削除又は改変によるDMCA違反について
DMCAは、「[CMI](著作物のタイトル、著作者、著作権者、利用条件その他著作権表示に記載され又は著作物に関連して伝達される識別情報)の削除又は改変を制限している」(略)。米国著作権法第1202条(b)に基づくDMCA違反が成立するためには、原告は、被告が必要な故意(scienter)を有していたことを合理的に主張しなければならない。
本件において、[原告ら]は、第1202条(b)(1)及び(b)(3)の双方に基づく故意を合理的に主張したと述べる。第1202条(b)(1)は、許可なく、CMIを「故意に削除又は改変」することを禁じ、また、第1202条(b)(3)は、「[CMI]が削除又は改変されたことを知りながら・・・著作物のコピー」を頒布することを禁止している(略)。「両規定は[また]、被告が、自らの行為が『侵害を誘引し、可能にし、容易にし、又は隠蔽する』ことを知り、又はこれを知るべき合理的な根拠があるという精神的状態にあることを要求する」(略)。
Anthropicは現在、第1202条(b)(1)又は(b)(3)のいずれにおいても、第一の故意要件(すなわち、Anthropicが「故意にCMIを削除若しくは改変し、又はCMIが削除されたことを知りながら歌詞を頒布した」という要件)について争っていない(略)。むしろ、Anthropicは、Anthropicが、自身の行為が侵害行為を隠蔽することを知っており、又はこれを知るべき合理的な根拠があった」ことを[原告ら]が十分に主張していない点を指摘し、第二の要件を争っている(略)。当裁判所は、これを認めない。
第1202条(b)(1)について
[原告ら]の主張を真実と仮定すれば、当裁判所は、AnthropicがClaudeの学習に使用したデータセットから意図的にCMIを削除した行為が、侵害行為を隠蔽するものであることを知るべき合理的な根拠を有していたと推認する。
[原告ら]は、Anthropicが、学習用データセットからCMIを削除するプロセスを実施しない限り、Claudeが出力する[原告ら]の歌詞にCMIが含まれ得ることを認識していたと主張している(略)。Anthropicの共同創設者らは、これらのデータセットからCMIをより効果的に削除するツール「Newspaper」の使用を選択した。加えて、彼らが、別のツール「jusText」と比較してより効果的にCMIを削除できるという理由から特にこのツールを選んだとも主張している(略)。[原告らの主張によれば]少なくとも共同創業者らの一部は、学習中に大規模言語モデルが「大量の」データを記憶し、その後「吐き出す」傾向があることを認識していた(略)。これらの主張を(真実と仮定して)総合すると、当裁判所は、Anthropicが、データセットの収集及び学習並びにこれらによりCMIを削除するプロセス(すなわち、意図的なCMIの除去)が自らの侵害行為を隠蔽するものであったことを合理的な根拠に基づいて知ることができたと合理的に推論することができる。
第1202条(b)(3)について
・・・本申立てにおいては、Anthropicが[原告ら]の歌詞をCMIを含めずに頒布したことは争いのない事実である。核心的な争点は、Anthropicが自らの侵害行為を隠蔽することを知り、又はこれを知るべき合理的な根拠を有しながらこれを行ったかどうかである。当裁判所は、[原告ら]が、Anthropicに必要な故意(scienter)があったともっともらしく主張したと認める。
前述のとおり、[原告ら]の主張を真実と仮定すれば、Anthropicは、「Common Crawl」や「The Pile」を含むClaudeの学習用データセットからCMIを抽出するために、Newspaperアルゴリズムを採用することを決定した。これは、全てではないにせよより多くのCMIを保持できるjusTextを使用する選択肢があったにもかかわらずである(略)。さらに、Anthropicの共同創設者の一部は、大規模言語モデルが大量のデータを記憶し、それを吐き出す傾向があることを理解していた(略)。Anthropicが、Claudeを訓練するデータセットを収集するために前述のデータセットを複製し、そこからCMIを削除したと主張されていることから、当裁判所は、Anthropicが、「CMIを削除することが侵害の隠蔽に役立つことを知りながら」それをしたと合理的に推論することができる(略)。
(略)
以上の根拠に基づき、[原告ら]は、DMCAに基づく請求に関して、第1202条(b)で要求される故意(scienter)を十分に主張したと認められる。よって、当裁判所は、[CMIの削除又は改変によるDMCA違反に基づく請求]に関するAnthropicの却下申立てを却下する。
考察
本決定は、以下の点で注目すべき事例であるといえます。
- 生成AIモデルを提供する事業者について、著作権の寄与侵害及び代位侵害が成立する可能性を認めた点
- 著作権侵害の隠蔽になることを知りながら故意に著作権管理情報(Copyright Management Information; CMI)の削除等をしたことにつき、DMCA違反(米国著作権法第1202条(b)(1)又は(2))が成立する可能性を認めた点
CMIの削除等に関して定める米国著作権法の規定の内容は、本記事の末尾に引用するとおりです。
著作物、著作者、著作権者等を特定する情報(例:タイトルや著作者名、著作権者名等 / その他CMIに当たる情報の項目については、本記事の末尾に掲げる米国著作権法第1202条(c)を参照)などのCMIを含むデータセットを用いて生成AIモデルに学習させ、そのアウトプットにおいても当該CMIが含まれている場合、そのデータセットに含まれる著作物に依拠してこれに類似するアウトプットが生成された事実、すなわち著作権侵害の成立を基礎付ける事実が推認される可能性があります。
学習用データセットからこうしたCMIを故意に削除することは、著作権侵害を意図的に隠すことにつながり、著作権の実効性を損なうおそれがあるため、米国著作権法はこれを禁止しているものと考えられます。
権利者としては、自らが著作権を有する著作物のデータに、たとえば電子透かしとしてCMIを組み込んでおくことが、以下のように効果的な対応策になるかもしれません。
- 自らの著作物が無断で生成AIに学習され、類似するアウトプットが生成・利用された場合に、依拠性など著作権侵害の成立要件を立証しやすくなる可能性がある。
- 加えて、本決定のように、仮にCMIを無断で削除した上で生成AIの学習に利用された場合に、DMCA違反を理由とする措置を講じやすくなる可能性がある。
ただし、この記事の冒頭でも説明しましたが、本決定は、あくまで原告らの主張が真実であると仮定して、原告らがその請求を基礎付けるために最低限必要な事実を主張したかどうかだけが問われたものであり、証拠に基づいて原告らの請求に理由があると最終的に認める判断がされたわけではないことに留意しなければなりません。実際、Anthropicは原告らが主張する事実を否定している部分もあり、その真偽は今後の審理にかかっています。
本件の審理は今後も続きますので、裁判所の最終的な判断を含め、動向を注視する必要があります。
CMIの削除等に関して定める米国著作権法の規定(抜粋)
第1202条 著作権管理情報の同一性
(a) 虚偽の著作権管理情報-何人も、故意に、かつ侵害を誘発し、可能にし、容易にしまたは隠蔽する意図をもって、以下を行ってはならない。 (b) 著作権管理情報の除去または改変-何人も、著作権者によるまたは法律上の諾なく、本編に基づく権利の侵害を誘発し、可能にし、容易にしまたは隠蔽することを知りながら、または第1203条に基づく民事上の救済に関してはこれらを知るべき相当の理由がありながら、以下を行ってはならない。 (c) 定義-本条において、「著作権管理情報」とは、著作物のコピーもしくはレコードまたは著作物の実演もしくは展示に関して伝達される以下のいずれかの情報(デジタル形式の情報を含む)をいう。ただし、かかる情報は著作物または著作物のコピー、レコード、実演もしくは展示の使用者に関する個人識別情報を含まない。 |
※条文の和訳は公益社団法人著作権情報センター(CRIC)のウェブサイトより。
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