リアルの香水・化粧品とバーチャルの香水・化粧品は類似するか?
―商標法上の商品・役務の類否に関するEUIPOの判断事例―
《OPPOSITION Nо B 3 199 946》
I. はじめに
商標法上、現実世界の「香料」「化粧品」等について他人の先行登録商標があるとき、後から新たに、仮想世界で使用するための「香料」「化粧品」等に関する商標登録を受けることができるでしょうか?
2024年7月8日、欧州連合知的財産庁(EUIPO)の異議部がこれに関する判断をした事例がありますので、ご紹介します。
II. 事案の概要
異議申立人は、欧州連合商標規則(EUTMR)第8条(1)(b)に基づき、下記の先行商標を引用して、下記の本願商標の指定商品・役務のうち第3類の全商品及び第35類の役務の一部に対する異議申立を行いました。
EUTMR第8条(相対的拒絶理由)
(1) 先行商標の保有者が異議申立てをした場合において次の各号のいずれかに該当するときは、出願に係る商標は、登録を受けることができない。
(a) 略
(b) 先行商標との同一性又は類似性及び両商標の指定商品又は指定役務の同一性又は類似性を理由として、先行商標が保護されていた地域において公衆に混同のおそれがある場合。混同のおそれには、先行商標との連想のおそれを含む。
EUTMR第8条(1)(b)において混同のおそれが認められるのは、当該商品又は役務に当該標章が付されていると仮定して、当該商品又は役務が同一の事業を出所とするものであると公衆が信じ、又は経済的に関連する事業を出所とするものであると公衆が信じるおそれがある場合であるとされています。そして、混同のおそれの有無は、相互に依存するいくつかの要素を総合的に評価することによって判断されます。これらの要素には、標章の類似性、商品及び役務の類似性、先行商標の識別力、両商標において識別力のある支配的な要素、関連する公衆の範囲が含まれます。
この記事で取り上げるのは、上記各要素のうち「商品及び役務の類似性」です。
本件では、本願商標と先行商標との間に混同のおそれがあるか否かを判断するに際し、先行商品の指定商品である香料・化粧品等と、本願商標の指定役務であるバーチャルリアリティにおいて使用するための香料・化粧品等とが、互いに類似する商品・役務であるかが争点となりました。
III. EUIPOの判断
この争点につき、EUIPOの異議部は、以下のとおり判断しました(抜粋)。
本件では、先行商標が対象とする第3類の商品及び先行商標における第35類の小売役務が対象とするほとんどの商品が、本願商標において指定される小売役務の対象とされるバーチャル商品の現実世界における対応物である。
しかし、本件では、このこと自体では、当該商品及び役務の類似性を認めるには十分ではない。
本願商標における第35類のオンライン及びバーチャル環境で使用するバーチャルの香料、歯磨き、化粧品等に関連する小売役務と、先行商標における第3類の化粧品、香料及びフレグランスを比較すると、これらの商品及び役務の性質、目的及び使用方法は同一ではない。また、ある商品の小売役務と他の特定の商品との間には、消費者の観点から市場において密接な関係があり得るため、一定の状況においては補完性があり得るが、本件においては、そのような関係、ひいては補完性が認められない。
実際、職権調査によっても、本願商標において第35類の小売役務の対象となるバーチャル商品に関する市場慣行を認めることができない。バーチャル商品とこれに対応する現実の商品を同じ経路で一緒に流通させ、販売に供することが慣例となっているかどうかは、周知の事実ではない。
商品及び役務の対比にバーチャル商品が含まれる場合、少なくとも当面は、「周知」とはみなされない新規の状況において類似性の基準を適用することになる。したがって、それぞれの商品及び役務がいかなる点において類似しているかを示す主張及び証拠を当事者が提出することが極めて重要である。しかし、本件においては、例えば、バーチャルな商品と現実の商品を同じ流通経路で取引することが通常であるか否かや、それらがどの程度同じ関連公衆を対象とするかを示唆し得る主張も証拠もない。
それゆえ、当異議部は、問題となっている商品及びサービスが補完的であるかどうか、同じ経路を通じて流通しているかどうか、同じ関連公衆をどの程度ターゲットにし得るか等を判断するための実質的な証拠を持ち合わせていない。
したがって、先行商標における第3類及び第4類の商品と、本願商標における第35類のバーチャル商品、すなわち、せっけん、香料、精油、化粧品、ヘアローション、歯磨き、身体の美容及び手入れ用化粧品、防臭剤、線香、ポプリ及び袋、皮膚、頭髪及び/又は詰め磨き用化粧品が入ったキット及びギフトセット、バーチャルリアリティにおいて使用するための上記商品に関連する小売役務との間に類似性は認められない。よって、異議申立人による説得力のある主張又は証拠がない限り、これらの商品・役務は非類似とみなされる。
結論として、EUIPOは、本願商標の指定役務うち、バーチャル商品の小売役務に関する異議を認めませんでした。
IV. Key Takeaways
本件は、混同のおそれの有無を判断する過程で、バーチャル商品(の小売役務)とそれに対応する現実の商品との間の類似性を否定する判断を示した事例です。EUIPOの異議申立ての事例ですが、わが国の実務においても、この点を検討する際には大いに参考になりそうです。
バーチャルリアリティ(VR)やメタバースのような新しい技術が用いられる市場においては、判断者が参照することのできる一般的・周知な取引慣行がないため、混同のおそれの有無を示す具体的な取引の実情を、当事者が十分に主張及び立証することが重要となります。本決定も、異議申立人の主張及び立証がないことを強調した上で、商品・役務の類似性を否定しています。
逆に言えば、同じく香料・化粧品等が対象になる事案であっても、現実及びバーチャル双方における取引の実情を十分に主張及び立証した場合には、本決定とは逆の結論となる余地も残されている点に注意が必要です。
例えば、現在はバーチャルの「香料」といっても、バーチャル空間における視覚的なエフェクト等にとどまることも多いと思われます。この場合、現実の香料とバーチャルの香料とでは、目的・機能等が全く異なるため、類似の商品ということは難しそうです。しかし、バーチャル空間において嗅覚を再現する技術・デバイス等が実用化され、バーチャル空間においても現実におけるのと同等に香りを楽しむことができるようになったとしたら、現実の香料とバーチャルの香料に同じ商標が付されていれば、それらは同じ企業が提供する商品・役務であると混同する人も多くなるかもしれません。このような事情は、両者の類似性を肯定する方向に斟酌される可能性があると考えられます。
また、現実の香料を販売する企業が、同じ商標を使用してバーチャルの香料を制作・提供するようになり、現実とバーチャルの香料が共通の製造元・販売元となるなど流通経路が重なるようになっていくと、やはり両者の類似性が肯定されやすくなると考えられます。
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