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はじめに

eスポーツチームに所属する選手は、所属するチームから他チームに移籍することがあります。

しかし、選手が自由に他チームへ移籍できてしまうと、所属チームがその獲得・育成のために費やした労力やコストが無駄になってしまうおそれがあります。そのため、eスポーツチームは、所属選手の移籍を制限しようとすることがあります。

しかし、過度な移籍制限は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)、特に不当な取引制限(同法第3条及び第2条第6項)や事業者団体による競争の実質的制限(同法第8条第1号)に抵触する可能性があります。

今回は、eスポーツ選手の移籍制限と独占禁止法の関係について解説します。

【一覧:関真也法律事務所のeスポーツ法務解説】
#1:eスポーツ大会と賭博について
#2:eスポーツ大会の賞金等は景品表示法上の「景品類」に該当するか
#3:eスポーツ大会は風営法の規制を受けるか
#4:プロeスポーツ選手の労働者性と法的問題点~未成年者がプロ選手になるケースを例に~


関連法令

不当な取引制限

「不当な取引制限」とは、「事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」をいい、独占禁止法はこれを禁止しています(同第2条第6項、第3条)。

事業者団体による競争の実質的制限

また、独占禁止法第8条柱書は、「事業者団体は、次の各号のいずれかに該当する行為をしてはならない」とし、同条第1号において「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」を禁止しています。

ここにいう「事業者団体」とは、「事業者としての共通の利益を増進することを主たる目的とする二以上の事業者の結合体又はその連合体」をいいます(同法第2条第2項柱書)。

「競争を実質的に制限すること」とは?

これらに共通する文言である「競争を実質的に制限すること」とは、「競争自体が減少して、特定の事業者または事業者団体が、その意思で、ある程度自由に、価格、品質、数量、その他各般の条件を左右することによつて、市場を支配することができる形態が現れているか、または少くとも現れようとする程度に至つている状態をいう」と解釈されています[1]


スポーツ業界の移籍に関する考え方

移籍制限ルールの弊害

スポーツ事業分野においては、チーム間における選手の移籍や転職について一定の制約や条件を課すルールが設けられることがあります。

このような「移籍制限ルール」については、公正取引委員会が独占禁止法上の考え方を示しています[2]

公正取引委員会によれば、スポーツ事業分野において移籍制限ルールが取り決められる場合、「チーム間の選手獲得競争が停止・抑制され得るとともに、その結果、選手を活用したスポーツ活動を通じた事業活動における競争も停止・抑制され、また、事業活動に必要な選手を確保できず新規参入が阻害されるといった弊害が生じ得る」といいます。

こうしたことから、公正取引委員会は、「一般に、競争関係にある複数の事業者が、共同して、人材の移籍や転職を相互に制限・制約する旨を取り決めることは、原則として独占禁止法違反とな」り(独占禁止法第3条)、また、「事業者団体が当該取決めを設ける場合も同様」であるとしています(同法第8条第1号)。

移籍制限ルールが独占禁止法違反となるか否かの判断基準

他方で、公正取引委員会は、移籍制限ルールを設ける目的には主に次の2点があり、これらの場合には、移籍制限ルールが「競争を促進する効果を有する場合もあり得る」と指摘しています。

  • 選手の育成費用の回収可能性を確保することにより、選手育成インセンティブを向上させること
  • チームの戦力を均衡させることにより、競技(スポーツリーグ、競技会等)としての魅力を維持・向上させること

そのため、公正取引委員会は、移籍制限ルールについて、上記のような弊害を生じるからといって「直ちに違法と判断されるのではなく、それによって達成しようとする目的が競争を促進する観点からみても合理的か、その目的を達成するための手段として相当かという観点から、様々な要素を総合的に考慮し、移籍制限ルールの合理性・必要性が個別に判断される」との判断基準を示しています。

そして、公正取引委員会は、移籍制限ルールの目的を上記①及び②とする場合の考慮要素を以下のように示しています。

  目的① 目的②
目的の合理性 ○移籍制限ルールにより達成しようとする目的の合理性

○設定された目的の達成水準の妥当性

・  育成費用の回収可能性を確保することが、スポーツ活動を通じた事業活動の成否にどの程度不可欠なものか?

・  回収を想定している費用の額は、育成インセンティブを確保するために必要な水準を超えていないか?

・  競技としての魅力を維持・向上するためには、必ず戦力が均衡していなければならないか?

・  戦力を均衡させることが、スポーツ活動を通じた事業活動の成否にどの程度不可欠なものか?

・  達成しようとする戦力均衡の程度は、競技としての魅力を維持・向上するために必要な水準を超えていないか?

手段の相当性 ○移籍制限ルールと達成しようとする目的との関連性

○移籍制限ルールが課す制限・制約(対象選手の範囲や、移籍が制限・制約される期間・条件等(※))が、合理性ある目的の達成のために真に必要な範囲に止まっているか

○目的を達成し得るより制約的でない他の手段(例:移籍金制度)の可能性

・  例えば,移籍制限ルールの適用対象選手の範囲や,移籍が制限・制約される期間・条件等は,育成費用の回収可能性の確保という目的の達成のために真に必要な範囲にとどまっているか? ・  移籍制限ルールによって,弱いチームにおける戦力向上のために採り得る選択肢が狭まるなどして,むしろ戦力差が固定・拡大する可能性も考えられるところ,当該ルールが戦力均衡という目的の達成につながるといえるか?

※ 移籍を一定期間制限・制約することについては、当該期間の外形的な長さのみならず、競技実態(選手寿命の長さ、移籍・獲得ニーズの多寡、移籍制限期間の長さがチームの選手獲得意欲を減退させる程度等)を踏まえた実質的な影響度合いを考慮することになります。

上記判断基準において移籍制限ルールの合理性・必要性が認められがたい具体例としては、「移籍を一切禁止するもの、現所属チームの了承がない限り移籍を無期限に認めないもの、移籍自体は可能であってもスポーツ統括団体が開催するスポーツリーグや競技会への出場を無期限に認めないもの」が挙げられています。


eスポーツにおける移籍制限

eスポーツにおける移籍制限について、スポーツ事業分野における上記のものとは異なる公的な考え方は示されていません。

もっとも、eスポーツは、「「エレクトロニック・スポーツ」の略で、広義には、電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指す言葉であり、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称」と定義され、スポーツの一種であると考えられています(一般社団法人日本eスポーツ協会「eスポーツの定義」参照)。

したがって、eスポーツにおける選手の移籍制限ルールの判断においては、公正取引委員会の上記考え方が参考になると考えられます。

以上を踏まえると、eスポーツチームが所属選手に移籍制限ルールを設定する場合には、たとえば以下の事情を検討することになると考えられます。

移籍制限ルールの目的が合理的か
(育成費用の回収目的又は各チーム戦力の均衡維持目的の不可欠性、非過剰性 等)

目的達成のための手段として相当か
(制限対象の選手の範囲、移籍制限期間の長短、移籍のための条件、より制約的でない他の手段の可否 等)

また、eスポーツチームは、所属選手と契約する段階又は移籍制限ルールを新たに導入する段階で、所属選手に対して、移籍制限ルールの内容を十分に説明し、合意しておくことが重要になると考えられます。


おわりに

eスポーツにおける移籍制限については、スポーツにおける移籍制限の判断基準をもとに検討すべきところ、その判断すべき要素は複数の事情を総合的、かつ緻密に考慮する必要があります。

関真也法律事務所では、移籍問題を含むeスポーツチーム間・eスポーツチームと選手との間の契約に関するご相談等をお受けしているほか、eスポーツのチーム・運営企業、スポンサー、eスポーツ大会主催者、ゲーム会社、広告代理店、オンラインプラットフォーム等から、賭博罪、景品表示法、下請法・フリーランス法、労働法その他の各種法令への対応、契約書対応、コンプライアンス対応、知的財産その他の権利処理など多岐にわたる法律相談や社内セミナー講師など幅広い業務をお受けしています。

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関真也法律事務所
弁護士 関  真也
弁護士 砂川 祐基


[1] 東京高裁昭和26919日高民集第414497頁。

[2] 公正取引委員会「スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方について」(令和元年617日)。

この記事の著者について
日本国弁護士・ニューヨーク州弁護士
日本バーチャルリアリティ学会認定上級VR技術者

関 真也 Masaya Seki

エンタテインメント分野、ファッション分野、先端テクノロジー分野の知財法務に力を入れている弁護士です。漫画・アニメ・映画・ゲーム・音楽・キャラクターなどのコンテンツビジネス、タレント・YouTuber・インフルエンサーなどの芸能関係やアパレル企業・デザイナー・流通・モデルなどのファッション関係に加え、最近はXR(VR/AR/MR)、メタバース、VTuber、人工知能(AI)、NFT、eSports、デジタルファッションなどに力を入れ、各種法律業務に対応しておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。経済産業省「Web3.0 時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会」委員、経済産業省・ファッション未来研究会「ファッションローWG」委員など官公庁の役職を務めルールメイキングに関わるほか、XRコンソーシアム監事、日本商標協会理事、日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会幹事、ファッションビジネス学会ファッションロー研究部会⻑などを務めており、これらの活動を通じ、これら業界の法制度や倫理的課題の解決に向けた研究・教育・政策提言も行っており、これら専門性の高い分野における法整備や業界動向などの最新情報に基づいた法的アドバイスを提供できることが強みです。

主な著書 「ビジネスのためのメタバース入門〜メタバース・リアル・オンラインの選択と法実務」(共編著、商事法務、2023年)、「XR・メタバースの知財法務」(中央経済社、2022年)、「ファッションロー」(勁草書房、2017年)など

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